「監督失格」を観た
「監督失格」という映画を観た。
林由美香という AV 女優と一時期付き合っていた平野勝之監督が、突然死を遂げた彼女と別れるために作った映画。
彼女の遺体を最初に発見したのが平野勝之監督自身であり、その瞬間のビデオが偶然撮影されていた、その映像が映画の中にも登場するので話題になった。
「ジブリ汗まみれ」でこの映画の話をしている回があって、それを思い出して DVD を借りて観た。
ネタバレもしているので以降閲覧注意。
シナリオ
林由美香は1989年に AV デビュー。平野勝之は AV 監督デビュー作に彼女を起用。その時から惚れていたらしく、6年後の1995年頃から不倫関係で付き合うように。そして林由美香が26歳になった1996年の夏、平野と林由美香は、1ヶ月間かけて自転車で北海道まで行くというドキュメンタリー AV を撮影。この映像は「東京〜礼文島41日間ツーリングドキュメント わくわく不倫旅行 200発もやっちゃった!」というタイトルで AV が発売され、その後「自転車不倫野宿ツアー 由美香」の題で映画上映もされたようだ。
1時間50分ある本作中の1時間は、この「由美香」の再編集であり、1996年の映像だ。この中で、林由美香という一人の不思議な女性を平野監督の視点で捉え続けている。ワガママで感情的で、それでいて不思議な魅力がある女性であることをつぶさに感じる。
平野監督と林由美香は、この1996年の夏の旅のあと別れてしまう。平野監督は思うように作品がとれなくなりもがいていたが、2005年、自身の AV 史をまとめる作品を作るため、再び林由美香に会う。35歳を控えた彼女と、一度は平野監督の自宅で話をしたが、次の撮影の日、彼女は姿を見せなかった。彼女は仕事をバックレるようなタイプではなかったため、彼女の母親とともに合鍵で彼女の家に入る。そこで平野監督は、遺体となった彼女を最初に発見することになる。このときの一部始終が、床に置かれたビデオカメラに記録されていた。
一時は彼女の母親にビデオが撮影されていたことに疑惑を持たれ、弁護士立会いのもとビデオテープを封印したのだが、2010年、平野監督はこの映画を作るため、母親の承諾を得て封印したビデオテープを見返し、映画として成立させようともがいていた。
そしてようやく彼は気が付く。自分は彼女にお別れを言いたくなかった。彼女が自分に取り憑いているのではなく、お別れを言いたくない自分の方が彼女に取り憑いていたのだと。そして彼はあの夏の日と同じ自転車で夜の街を一人爆走し、「これでどうだ由美香!」「いっちまえ~!!!」と泣き叫び、彼女を振り払うのであった。
…なんて勝手にまとめてみた。
記録された一部始終
遺体を発見するまでの一部始終の映像が、とにかく生々しい。なお、映像としては遺体は一切映らないのでご安心を。
最初に平野監督が一人で彼女の家を訪ね、留守な様子から始まる。普段仕事をバックレるような人ではないと知っていたことから留守であることを不審に思い、助手の女性を連れて再度訪問する。その時平野は、玄関のドアの投函口からしきりに室内の匂いを嗅ぎ、神妙な顔つきになる。もしかしたらこの時に平野自身は最悪の事態を想像していたのかもしれない。次の瞬間に彼女の母親に連絡を取ろうとしたのも、いよいよおかしな状態に陥っていることを悟っていたのかもしれない。
彼女の母親が合鍵を持って駆け付ける。部屋に向かうエレベーターの中で「最近太った?」なんて雑談を交わす母親と平野。助手の女性と3人で部屋の鍵を開ける。飼い犬の小型犬が飛び出してきて、カメラを持つ助手の足元をうろつく。
最初に母親が家の中に足を踏み入れるが、「なんか臭いね」と言い、奥の部屋にだけ明かりがついていることを見て戻り、平野に様子を見に行かせる。平野は倒れている彼女を見付け、すぐに「警察を」「現場を維持したほうがいい」と伝える。一瞬の沈黙をはさみ、母親は「何したんだよあいつ…!」とパニック状態になる。家族に電話しようとするも、ケータイの操作もままならないほど動揺する母親、冷静に努めようとしながらも動揺を隠しきれず、メモかケータイを探してゴソゴソする平野。110番に電話するため、部屋を出る助手が玄関にカメラを置くが、そのカメラが母親と平野の足元だけを映す。
泣きながら家族に電話する母親に、無邪気にかけよる小型犬が対照的。「臭いがするからおかしいと思ったんだ」「由美香2日も前から倒れてたのかなぁ」「こんな臭いがしてるんじゃあいつダメだよもう…」
平野は警察に電話しながら、「奥の部屋でうつ伏せに倒れてます」などと冷静に状況説明するも、警察の対応が良くないのか、次第に苛立ち「いいからとにかく来てください早く」と語気を荒らげる。
映像としては、玄関から廊下をはさみ、居間の方を向いたまま、ビデオカメラが放置されている。部屋の奥の方は一切確認できないが、平野や母親の動きから、この奥に「生きていたモノ」が存在している雰囲気が物凄く伝わってくる。
「遺体を誰かが発見する一部始終を捉えた映像」というと、最近 Ustream で自殺配信された 引きこもりのだるまさん が記憶に新しいが、こちらも第一発見者の母親の生々しさが凄かった。というか、全てが真実なので、「生々しい」とか「リアル」とかっていう表現がおかしいのではあるが。
助手が床に置いたカメラ映像の構図が完璧で、母親が彼女の死に平野が関与していると疑いたくなる気持ちも分かる。平野も2度ほど助手のカメラの様子に目をやっているように見えるし。事件性はないということで決着は付いているし、平野監督と母親はその後も親しくしているようで、そういったわだかまりはなさそうであった。
助手はどこかで「回しっぱなしにしよう」とか、「ここに置いたら映るかな」とか僅かに思ったかもしれない。でも、カメラを持っている人間はえてしてそういうゲスいことを考えてしまうものだと思う。自分は人身事故の現場を写真に撮る人たちの気持ちが何となく分かるというか、自分が居合わせて撮れる雰囲気なら撮るだろうなと思う。別に撮った映像を拡散したいワケではなく、誰に見せるワケでもないし自分も見返さないと思うのだが、何となく、記録せねば、という気分になるのだ。分からない人は本当に分からない気持ちだろうし、自分でも最高にゲスい精神だとは思う。人が死んでるのにビデオを回すなんて、と。でも、そういうもんだ、とも思う。助手は心のどこかで「何かが映ればいいな」と思ってあの場所にカメラを置いたかもしれない。でもそうやって意図して撮られたとしても、あの現場で起こっていることは間違いなく真実だった。
「監督失格」という言葉は、1996年の旅の途中、林由美香とケンカした平野監督が、ケンカ中のビデオを回さなかったことに対して、彼女が口にしている言葉だ。監督なら愛人とのケンカの最中でもビデオを回したらどうだ、と。平野監督は旅が終わった直後にしたケンカのときもビデオを回せず、彼女の遺体を発見したときも、彼がビデオを撮ったわけではないし、放置されたビデオカメラをその後手にとることができなかった。「監督失格」のレッテルを剥がすためにも、平野監督はもがき苦しみ、この映画をなんとか完成させたといえるだろう。
平野監督のことも、林由美香という女優のことも知らなかったけど、なんとなく、この林由美香の魅力と、平野監督の真っ直ぐさを感じて、妙にグッときた。自分の娘の遺体を前に慟哭する母親の姿を見たいだけという悪趣味な人にもオススメ。