映画「Transcendence トランセンデンス」を観た
ジョニー・デップ主演、「人工知能が人類を超越したらどうなる」を描いた2014年の SF 作品。感想書きます。
目次
はじめに
僕はいつもついつい、映画を観終わってから感想ブログの記事とか読んで答え合わせしたり同意しかねるところをまとめたりしてからレビューを書いてしまいます。今回もちょっと他人の記事漁りました。
あとあらすじを書くことに終始しがちです。半分は自分が観た映画のメモとして残したいのはあるんだけど、残し過ぎもどうかと思うし、あらすじではなく自分がこの時にどう思ったかを書くべきだなと反省しつつ今回は個人的に意識してレビューを書きます。
他人が読む分にはどうでもいいことです。
簡単にネタバレあらすじ
とはいっても映画の内容を簡単におさらい。
ジョニデとその奥さんは人工知能を作った科学者。友達のポール・ベタニー (ファイヤウォールに出てた人) と一緒に学会で「人工知能が人類の知能を越えること」について話してたら、反科学グループの連中にジョニデ撃たれちゃう。
奥さんの提案で瀕死のジョニデに電極ぶっ刺してパソコンに取り込んでみたら人工知能化できた。人工知能ジョニデは早速ネットに繋がって金融操作して、その金で研究して生物を再生させるほどのナノマシンを作り上げちゃう。
さすがにキモいわっつって奥さんも引き気味で、ポール・ベタニーは反科学グループと同調して、最終的には軍も協力して人工知能ジョニデを止めようぜって話になる。でもナノマシンで治療を受けた地元住民たちはゾンビ化してて、撃っても復活するわネットに繋がってて協力体制バッチリだわで中々手強い。
そこで奥さんを連れてきて、ポール・ベタにーお手製のウイルスを奥さんに仕込み、ジョニデ人工知能に奥さんごと取り込ませようとする。もうこの頃にはジョニデはナノマシンで肉体を作り上げてて奥さんをお姫様だっことかしちゃう。人間味だとか愛だとか二人の夢だとかを思い出したのか、最後は大人しくウイルスを取り込んで死亡。奥さんも死亡。
そんなことがあって、世界のネットは動かなくなって皆大変だけど、二人が住んでた家の庭だけはナノマシンのおかげでスゲー綺麗な花が咲くのでした。おわり。
…また長くなっちゃったけどこれでも端折った。
いっこずつ感想書いてく。
見てる間は強引に好意的解釈できて、割と普通に観られたけど、観終わってからよくよく振り返るとムズムズしてくる。
「何をどうやったらモニタが爆発すんだよw」とか思ったりはした。もう「スゲーパソコン」系の描写は映画ではこの辺が限界かね。
人工知能ジョニデはネットを通じてあらゆるものを支配してる割に、FBI 捜査官のキリアン・マーフィが飛行機に乗り込みながら「人工知能を止めるために軍を出そう」とか話してることを傍受してなかったり (航空無線の盗聴ぐらいやれないか?)、「お前ならもっと先回りして色々封じられるだろ」ってことが抜けてたりして、その辺は悲しい。
後半の IT ゾンビは展開が心配になったけど、結果として「人工知能化したジョニデもちゃんと人間味がありました」ってことで。生物を再生させるナノマシンをばらまこうとするのも、奥さんの願いを実現するためにしてたことで、ただ人工知能なもんで金融操作とかイケナイこともしちゃいましたけど、矛盾する考えとか、必ずしも成果の出ることをするワケではない非論理的な行動とか、そういう人間らしいところを振り返って人工知能の活動を停止する。
判断材料になってるのは、生身の人間だった時に見た奥さんのことだったり、友人のポール・ベタニーの姿を思い出して、ってところなのが、またよかった。ギリギリで人間らしいことをやれたのも、パソコンに取り込まれる前は生身の人間だったから、っていう絶妙なところで。
これが「人間がゼロから作り上げた人工知能プログラム」だけで暴走しちゃうと「ターミネーター」になってく感じ。
全世界と繋がる人工知能に対して、「昔のソースコードをもとにポール・ベタニーが作ったウイルス」が効いちゃうの?それくらい何とかなるんじゃね?ってところは、頑張れば好意的解釈もできるかな、とか思う。
最後にジョニデの人間である部分が出て、奥さんのことも愛してたし友人のポール・ベタニーも大事だったから、自分でウイルス入りの奥さんを取り込んで機能停止、世界のネットワークは機能しなくなる。
でもラストで家の庭のヒマワリだけはナノマシンで再生してたりするから、実はウイルスは効いてはいなくて、ジョニデの意志で特定の機能を止めているだけなんじゃないか、と思う。
ところでナノマシンがソーラーパネルまで直せちゃうのは何でなの?ナノマシンでゾンビ化した連中が力強くなってるけど筋肉量は増えてなさそうなんだけど物理法則はどうなってんの?とか。
反科学グループの連中の説得力のなさは、いただけないところだ。
アヴリル・ラヴィーンくずれの女リーダーが、ガタイとチンコで選んだボディガードにパンチラで言うこと聞きそうなパソコンオタクを引き連れてるんだけど、「パソコンが人間の知能を越えたらヤベーよ!」と言い分だけはまっとうなことを言いながら、人は殺すわ誘拐はするわでただのテロ組織。こいつらは人並みの知能を越えてから活動を始めるべきだと思う。
2時間の映画の中で意見をぶつけさせるためには、過激派テロ集団ってのがやりやすいんだろうけど、最終的に軍も全面協力になってこれまでの犯罪にはお咎めナシな感じはさすがにどうよと。
全面協力といえば、ポール、お前は科学者だろ、最前線に立って銃持ってんじゃないよ、いきなり人を撃つな、てか構えが慣れ過ぎてんだよおかしいだろ。
クリストファー・ノーランが製作総指揮らしいんだけど、確かに「ダークナイト」みたいに、善悪付けづらいというか、誰の言い分も一理ある、って感じで、煮え切らない感はある。「自分はどう思うか」を考えさせる映画だなーと。
パソコンが人間の知能を越えたら、この映画みたくナノマシン埋め込まれて自分の意志と違うことをさせられる可能性もあるし、だからといって反科学グループのアジトみたいな砂漠の中のアナログな生活も嫌だし、とか、自分が根源的に何を欲しているのか、ちょっと考えた。
モーガン・フリーマンが「最初から正しい結果を知ってて、状況を俯瞰しながら紳士的に忠告する役」なのはいつもどおり。奥さん役のレベッカ・ホールは美人ですね。
ネットが機能しなくなったことで、恐らく沢山の人が死んだと思われるが、ジョニデのしようとしてたことはあくまで「ナノマシンによって自然を浄化し人類を進化させる」ことで、直接人を殺したりはしてない。人間に色々丸めこまれたから、ネット上で膨らんだ自我を停止させたけど、ジョニデの言うこと聞いてたらいい未来になってたかな、とか。人間は自分たちが作ったパソコンを支配してる気でいるから、逆に支配され返されたらどうしよう、って思いからこういう映画がよく出てくるんだろうけど、人間より高知能になった機械と共存するって方法もあるかもな、とか。この映画はパソコン止まるし人間ボロボロで終わるけど。
しかし愛で片付けちゃうのも違和感あるんだよな。
全体としてまとまらないし、これ以上まとめる気にもなれないのは、結局あんま面白くなかったってことかもしれない。これまでの SF 映画の要素を現代に置き換えただけに過ぎないし、「あなたはどう思いますか?」な映画なので新たな主張が出てきたわけでもない。
ネットに繋がれば万事解決~な描写ももうこのご時世ビミョーというか、職業柄、SF な設定に対して説得力ある説明が付けられてないなーと感じた。
「人間は自分が知らないものに対して恐怖を覚える」的なセリフが出てきてたけど、この映画は中でもパソコンやインターネットってものが分かってない連中が想像した結果で作ってるかな、という感じ。もう少し知っちゃってると、こういうシナリオ作ろうとは思えない。
まとめ
爆笑問題の二人がラジオで絶賛してたのと、久々に2時間かけて映画をちゃんと観たこともあり、認めたくなかった節もあるのですが、今の僕はこれといって思うことがなかったです。