できるだけ会話したくない人と、ずっと会話していたい人

僕は、仕事上の会話は、なければないほど良いモノだと思っている。

というのは、「『話さないと解決できないこと』があっても黙ってろ」という意味ではなくて、会話するために奪われる皆の時間を最小限にすれば、各自の作業時間をその分多くできるから、そうであるべきだと思っている。

そもそも打合せとか会議とかいうのは、仕事を進めるための行為ではなくて「次に何の仕事をするか」を決めるための時間でしかないと思う。何の方針も決めずに作業を始めるワケにもいかないから、方針を決めるための会議なんかは発生するだろう。それは仕方ないと思うが、だからといって長々と会話をしていれば良いってモノでもないはずだ。

今日はそういう話。

目次

「会話」をどのくらい無駄に感じているか

仕事上の会話、打合せ会議、すなわち「大人数が、同時に、同じモノに向き合うこと」がどれほど無駄の多いことか、というのは、システムの本番リリース作業なんかを考えてみれば分かると思う。

ユーザ部門が作業承認を出し、ベンダの上長が待機し、本番端末室に二人がかりで入って、ダブルチェックのもと手順を見ながらリリース作業を行う。リリース作業に2時間かけたら、4人あわせて8時間使っている。1人日だ。

この行為による成果がないワケではないが、相当に無駄が多く、削減の余地があることも、削減すると皆幸せになることも、容易に想像が付くだろう。リリース作業が自動化されていて、承認を出すユーザ部門が自分で実行ボタンを押し、自動的に5分でリリース作業が終われば、ほぼ1人日分の工数が削減できる。

会話は多い・長い方が良い?

しかし、なぜか「コミュニケーション」という言葉で隠蔽される領域に関しては、「できるだけ沢山会話をする方が良いに決まっている」と思っている人が、結構多い。

「業務上必要な会話」が少なく済むことは、それだけ全員が同じ認識をもって自発的に動けている証拠だともいえる。仕事を進める上で、他人の時間を奪ってイチイチ話す必要もない、という域に達したら、それは良いことではないのだろうか?それこそが有機的なコミュニケーションが実現されている現場だと思うが。

「一切話すな」とは言っていない

繰り返しになるが、「思うことがあっても黙ってろ」「命令に口を挟むな」といった意味ではない。疑問があるのに黙っていて、後になってメンバに大きな迷惑をかけるくらいなら、早めに解決を図るべきだ。

だが、それにも限度はある。会議の時間は守ろう。一人の知識不足・勉強不足のせいで、理解している他の全員の時間を奪うくらいなら、別のタイミングで質疑応答を行った方が良い。必要な話だろうが無駄話だろうが、とにかく「会話」事態が他人の時間を奪っているという意識は大事。手短に済むに越したことはない。

「雑談から生まれる仕事もある」

よく言われる。それがないとは言わないが、目的と時間を決めてブレストした方が効果が高いと思う。日頃からの雑談が多い人達の中にいたこともあるが、仕事に繋がる有益なモノが生まれた瞬間を見たことはないし、自分個人も得るモノはなかった。

「無駄話から仲を深められる」

仲を深めてどうするの?仕事がスムーズに進むようになるの?それどのくらい効果があるの?全員効果を感じている?自分一人が気持ち良いだけで作業効率には繋がってないんじゃない?

もしかして、「仲が良くないと仕事が出来ない」って抜かすつもり?その方が会社員として問題あると思うんだけど。

現場やメンバを細かく見られない上長が、それでも年末に評価を出さないといけないから、時々様子を見にやってくる。それは分かる。雑談から入って、ざっくばらんに状況を聞きたい。そういう、ある場面では「雑談」とか「無駄話」がテクニックとして使われるのは分かる。

でも、「とにかく日々ずっと雑談をしていたい」という神経は、理解しかねる。仕事仲間はお前の友達じゃねえんだよ。

「コミュニケーションがとりたい」という奴は、そもそも目的や効果なんか考えていない

「ずっと・たくさん会話をしたい人」というのは、結局のところ、チームや組織への効果とか、他人への迷惑とか、そういうことは一切考えていないのだ。断言する。お前らは何も考えていない、無神経な奴なんだ。

こういう奴らは、ただ「寂しい」とかいう論外な欲求だったり、「自分の思考がうまくまとまらないのを誰かに何とかしてもらいたい」という、個人の能力不足・無能からくる「他人の巻き添え」を期待しているだけだ。

仕事に効率や成果を求めていて、自分のケツは自分で拭ける、まともな人間からすると、そういうモノは「無駄」、「足を引っ張られている」と感じるのだ。

そのくせテキストベースの会話を嫌う

思考がまとまらないから雑談で解決したい、みたいな輩は結構多くて、何度か巻き添えを食らったことがあるけど、そういう奴らは大概、Slack やメールによるテキストベースのコミュニケーションを苦手とする。

Slack に雑談チャンネルがあっても、絶対使わない。「テキストを打つのが面倒」なんだそうだ。そこで試しに対面で打合せをやってみると、その人の脳内を順次アウトプットされ、全くまとまっていない。

しびれを切らして、誰かがホワイトボードに箇条書きで書き直すと、「そういうことですね」とか解決したりする。

それさぁ、会話が重要とかじゃなくて、単にお前が言語化する能力がないだけだよ。

テキストベースの会話が苦手な人って、その代わりに対面で会話する全ての人にその労力を強いてるだけなんだけど、どうしてそんなズボラなお願いが臆面もなくできるの?皆迷惑してんだわ。お前だけ出来ないでいることを、他人の足引っ張ってなんとかしようとすんなって、赤ちゃんじゃねえんだから。自習しろ。

テキストでの会話が苦手な奴こそ、テキストで独り言を書いたり、テキストで頑張って相談してみたりするべき。書いたモノを自分で読み返しているうちに、一人で思考が整理できるから。その程度のことで他人の手を煩わせんなって。それに他人を巻き込むなら工数よこせよ。同じ会社にいるだけであって慈善事業やボランティアでやってやる義理なんかねえからな。

会話はできるだけなくすべき・会話しなくても済む組織こそ至高

自発的に動ける組織を目指そう、とはよく言うが、それを目指しているにも関わらず、コミュニケーション量 = 会話の頻度と時間を増やしているようであれば、それは施策が間違っている。

最終的に「会話や打合せを全然しなくても、各自が自発的にやるべきことを認識し、こなしていける組織」が実現できれば、それこそが一番ムダがなく、素晴らしい組織だと、自分は思う。

それが出来ている前提であれば、目的なく雑談したい人たちが、時間と場所と相手を区切って雑談するのは別に構わない。

「コミュニケーション」とかいう曖昧な言葉で物事をあやふやにするな。組織として何らかの成果を追求する以上、「意味のある・必要な会話・相談・打合せ」(ビジネスコミュニケーション) と、「しなくても済む無駄な雑談」(私事) とは、分けて考えるべきだ。