考えたくもないことばかり・見る世界によるけど

こんな記事を見付けた。

筆者の意見に対する反論とかじゃなくて (反論もなくて全体的に禿同だし)、コレを読んで自分の身の回りに対して思ったことを書く。


書きたいことが無くなったというよりも、考えたくないことが増えた

歳をとって、経験や知識を積んで、自分にできることできないこと、人間の集団(社会)にできることできないこと、難しいこと、やったけど結局できなかったこと、結局最後は破綻することが、より正確に見えるようになってきた
今も同じように、世界は問題や考えるべきことで溢れてる。溢れてるけれども、その殆どがどうしようもないことだっていうことも、わかってしまった
動かないものをどうにか動かそうとすると、疲れる。とても徒労感がある。ただ、考えるだけでも、ちょっと絶望的な気持ちになる
自分に関係ないことで、心を使うことが本当にしんどくなってしまったのだと思う。世の中の殆どのことは自分にどうこうできることではないし

めちゃくちゃ分かる。

元々自分は世界とか世間とかどうでもいい方で、政治や社会について考えることって少なかったんだけど、自分の身の回りで起こる出来事に関しては、「何でこんなことも上手く回ってないんだろう」「こうしたらいいのに」とよく思う方ではある。エスカレータの乗り方だとか、交通ルールだとか、そういうところとかは昔から気になりやすい。

要は「自分の預かり知らぬところでなら何がどうなっていてもいいけど、俺が巻き込まれるような場所では変なことすんなよ」って思っている。俺の移動時間が不必要に奪われたり、事故に巻き込まれたりするようなことは避けたいから、そういう危険因子を見るとイラッとするのだろう。

人によっては「周囲の人のことなんか気にしなきゃいいのに」と言われるかもしれない。俺もそう思う。別に必死こいて「今日も馬鹿な奴を炙り出してやろう」なんて考えちゃいないんだが、自然とそういうイラッとするモノが視界に入り、他人よりも強くイラッとしてしまうのだ。だから、「自分に関係ないこと」への線引きを意識的にして「コレは自分には関係ないから、もう気にしない!」って決意する練習をずっとしてきている。

長年、「コイツは生き方が下手クソで頭が悪いバカで、何をどう言っても治す気がなくて、回りに迷惑ばっかりかけてるキチガイの害悪だ。でも、俺には関係ない、こんな奴どうなったっていい」って言い聞かせてやってきたけど、そういう害悪が自分の領域まで侵害してきて、結果、俺の生活は破綻した。

もう、「コレは俺には関係ないから、気にしないでおこう」と考えないといけないことすら、ストレスで辛くなってしまった。

意思疎通の取れない人間とは関わりたくない。そんな低能はこの世にいないモノとして暮らしたい。低能の存在を認識するストレス、そいつの言動による俺への影響を回避するための予防策、実際に危害を加えられても感情的にならず冷静に司法機関に持ち込もうという決意、全部疲れた。

在宅勤務になって、通勤時のイライラがなくなった。実際に人と対面して相手にイライラする機会が減った。オンライン会議や文字でのコミュニケーションだと、イラッとしてもまだ距離が遠くてマシだ。バカなキチガイとは縁を切った。どうしても視界に入れないといけない時も、最初から存在を認識しないで完全無視している。テレビを見なくなった。以前よりニュースには疎くなったけど、イライラさせられることはなくなった。YouTube はシークして見たい部分だけ見る。こんなせっかちな生き方よくないと以前は思っていたが、こういうところでぐらい自分のストレスがなく赴くままにやりたいと思うようになった。

上から偉そうに、これはコレコレこういう社会現象ですね、これが原因で、これをこうすれば解決するでしょう、みたいなことは、もう恥ずかしくて言えなくなってしまった
結果、そうなってしまって、それを、上から正しい間違ってるというのは恥ずかしいことだと思う
もし、そういう人なり現象なり状態なり社会なりに何かできるとするなら、それは、ブログでブロブロいうことではなく、実際その人や状態に接して、丁寧に解きほぐすみたいに時間をかけてやることだけだ。そして、それをする体力も時間も自分にはないのだ

コレは、言うけどね。w

「色んな試行錯誤をした結果、仕方なくそうなった」としても、間違ってるもんは間違っていて、どういう悪影響があるから止めないといけない、それに俺がやれば出来ることなので、お前もできろと思ってる。

この「俺にも出来るんだからお前もできろ」っていう思考がストレスを生む原因なんだろうけど、間違ったモノを放っておくと俺も割を食わされるので、上にいる俺は偉そうにだろうと言うって決めてる。いっくら言っても分かんねえ時はブログでブロブロ言うぐらいしかガス抜きの方法を知らんし、俺は一人で出来るようになったことなのにテメーのために「丁寧に時間をかけて」なんてやってやるかよ。その分のギャラが出ねぇならお前にはそんな優しいことしてやらねえよ家族でもねえのに。

それに、寄り添って時間かけて解きほぐそうとしても、絶対言うこと聞かんよ。いくら「俺のこと抜きにしても、他の皆やお前自身が困るぞ」「変に手を加えなくていいからトレースしろ」と言っても従わないし、ならばと逆に「最善だと思うモノを自分で考えてみろ」って言うと「分かりません教えてください」ってなる。教えても従わねえのに!?ちなみにコレは俺じゃない人が教えても大概そうなるので、俺の回りには特に我の強いバカが多いんだと思う。

結果、言っても言わなくても変わらないっていうね。んで俺が残業させられんでしょ?シネやマジで。


他人は変わらない。本人がその状態のまま困り続けていたとしても、絶対に変わらない。他人には何言っても無駄だ。俺が我慢できれば何も言わないし、我慢できない時はガス抜きの意味だけで直接指摘をする。もう指摘して治るとは思ってないけど。

どうしてこんな大人ばっかりなんだろうな。皆自分のことぐらい一人前にできて、他人に指摘されたら改善しようって思ってくれないもんかね。俺はそうしてきたのに、皆そうしない。俺だけがおかしいことしてるのかな。

どいつもこいつも変わらねえから、もういいんだ。バカとは縁を切った。俺をイライラさせる人間とは喋らない。


先日、弟の依頼でお邪魔した現場があったのだが、そこで活躍してる皆さんは、本当に素晴らしかった。

年齢差も結構ありそうなグループだったのに、全員が前のめりで打合せに参加していて、お互いに意見や指摘を出し合い、それに嫌味が一切なく、「全員で一つのモノを完成させていきましょう!」っていう言葉が何ら綺麗事ではなく回していけている、素晴らしい現場だった。

理想的な現場って、あるやんけ。存在しとるやんけ。

同じ志を持った者同士で集まれば、こうやって上手くいくんだろうな。自分もこういう世界を持ちたいなと思った。


自分が関わる場所を変えれば、考えたくないことと適正に距離を取って、理想的な空間で生活できるんだろうな。自分はもっともっと居場所を変えないといけないんだろう。