目に見えるものが真実。ただしモニタを通して見えるものは別
「目に見えるものが真実とは限らない」っていうのは、コンフィデンスマンのセリフらしいね。全く見てないから知らんわ。
最近特に思うんだけど、SNS に限らず、インターネットに限らず、PC やスマホのモニタを通して見られるモノって、所詮はその程度だなーって思う。「まやかし」と言っても過言ではないかもしれない。
感動ストーリー、スカッとする話は大体盛られた創作。よその家庭の子供やペットがどうだろうが自分の生活には何の関係もない。政治経済文化について語ったところで自分の暮らしが向上するワケではない。
いくら面白動画を見まくっても、思ったほど元気にならない。カッコイイ・カワイイモノは大概加工・編集されていて素でも真実でも何でもない。CG 見てるのと大して変わらない。
勿論、時にはメチャクチャ面白いモノもあるし、感動するようなモノもあるんだけど、その「当たり」を引くまでの費用対効果を考えると、SNS はなんと効率の悪いモノだろうかと思う。味の薄いガムを毎日沢山食べたからといって、心からの満足感は得られない。でも、例えば「北海道で食べた新鮮な高級ウニ」みたいなモノって、何年も感動を思い出せるくらいの高い満足感が得られたりする。
モニタを通して見られる映像って、視野角が狭く、光量も実際の屋外と比べると全然少ないし、遠近感も風も匂いも手触りも分からない。
悲惨な戦場の動画を見てもあんまり現実感が湧かないけど、実際に飼っていたハムスターが死んだ様子なんかを見ると、直前まで生きていたとは思えないような「『物』になってしまった感じ」とか、数時間程度でも分かる徐々に腐っていく感じとか、そういうモノが動画よりもつぶさに感じられる。
「概要を知っていること」っていう知識のインデックスを増やすには、スマホや PC を使って写真や動画をたくさん見て学習するってのが効率的だし、「自分の五感で経験する」というのは大変で、学習効率からすれば「非効率」だとは思うんだけど、なんというかやっぱり、「見聞きして知ってる」と「実際に目撃・遭遇・経験した」ことって、大きく違うなーっていうのを、今さらながら凄く実感している。
自分も小さい頃からインターネットやりまくって、SE を生業にしていて、「ネットでググれば何でも分かるやん」と思って生きてきたが、ココに来て、「あぁ、それだけじゃ駄目だわ」って思うようになってきた。
近年は流行風邪のせいで気軽に外出しづらいところもあるけど、やはり肉眼で見る現実世界は、動画で見るのとワケが違う。解像度もメチャクチャ良いし、好きな角度で見られるし、触ったりもできる。w
ジェットコースターに乗る VR を体験したこともあるが、やはり実際にジェットコースターに乗って、全身に風を浴びたりするのとは感覚が違うし、「動画で見れば十分」とは思えない体験になったりする。
この差をどういう風に説明したら良いか分からないから、世の大人たちは「ゲームばっかりやってないで外で遊べ」「知識だけじゃなくて実経験が必要」みたいな言い方になっちゃうんだろうなぁ。自分もそう言われて反発してきた側だったから、「やっぱり現実の方が大事だわ」っていうこの感覚を、理解してもらえるように説明したいんだが、うまく説明できない。
「ネットで話題になってる」っていうのも、なんだかこう、ウソらしく感じる。実際に足を運んでみると、思ったより人気じゃなかったり、動画より汚らしく見えたり、実物がつまんなそうだったりする。
「ネットで見た『ソレ』」は上手く加工された偽りの姿で、実際に見に行った自分の感じた感覚こそが「真実」であり「正解」なんだよな。ネットで見てるだけでは、その「真実」を見てないから、「実際に経験したらめっちゃ良かった」っていう良い方向でも、「実物は大したことなかったわ」っていう悪い方向でも、どちらにせよ「真実」が分かってない状態、っていうか。
広告を見てずっと憧れてたけど、いざ買って手にしてみたらあんまり感動しなかった、みたいなことってやっぱりあるので、実際に経験するのってとっても大事だなーと思う。「実物はこんなモンか」と思ったらそれまでだし、「意外と実物は良いな?」って思えば世論に左右されずに自分一人でもそれを大切にするだろうし。
ネットで分かる程度のことなんて、たかが知れてるんだ。こんだけインターネットやってきたヤツでもそう思うんだ。w