みんな違う

「みんな同じ人間なんだから、」と考えるか、「みんな違う人間だから、」と考えるか、みたいなところで色々変わってくるのかなーとか思ってる。

ジブリ映画「おもひでぽろぽろ」の中で、次のような会話シーンがある (正確な引用ではないが)。

「皆持ってるから自分にも買って」という子供に対し、「皆って誰よ」と返す親はよく見かけることだろう。自分も言われた経験がある。周りに流されて自分で全く考えない癖がついてしまうと良くないので、

といったことを考えさせるためにも良い返しだと思っている。

だが、こうやって「みんなって誰よ」「『みんな』だって違うモノでしょ?」と言われて育ってきた世代が、「みんな同じ人間なんだから、」とも考えているフシがあるように思う。

あなたも私も同じ人間、だからあなたも、私と同じようにコレが好きなはずで、コレが嫌いなはずだ、コレをされたらあなただって嬉しいはずだ、そんな風に、自分の感性を正として周りの人に与える影響を判断しているような場面を見かける。

しかし、あなたが喜ぶことでも、私は嬉しくないどころか物凄く嫌なことだってある。相手からしたら「よかれと思って」「疑いなく」やっていることなので、中々に厄介だ。コミュニケーションスキル云々言ってる人に限って、自己中心的な思考回路で生きていて、「お前が間違っているよ」「お前だけが周りと大きくズレてるよ」ってことに気付かず治らないパターンが多い。

「だろう運転」ではなく「かもしれない運転」。「当然~~なはずだ」という決め付けや、「良かれと思って」という自己判断による親切心は、大抵迷惑になっている。「自分はコレが良いと思うけど、他の人はどうだか分からない」、常にそう思って生きた方が良いだろうなーと思う。