俺的・引き寄せの法則に対する考え方

自分は割と「引き寄せの法則」というモノを信じているのだけど、決して霊的なモノとか非科学的なモノとして信仰しているワケではなく、もう少し論理的な理屈が通って、科学的根拠もありそうな範疇で緩く捉えている。という話をする。

目次

「引き寄せの法則」の概要と闇

「引き寄せの法則」とは、「強く念じたことは実現しやすい」という信念のこと。ポジティブなことだけでなく、ネガティブなこと (「自分は幸せになれないんだ」などと思い続けること) も引き寄せてしまうとされている。

「引き寄せの法則」の源流は「ニューソート」というキリスト教由来の霊性運動・スピリチュアルなモノであり、「引き寄せの法則」そのものは疑似科学と断定できる。また、引き寄せの法則や「ザ・シークレット」の関係者が尽く怪しいセミナーや不祥事を起こしていたりして、そういう連中については詐欺組織といっても過言ではないかもしれない。

自分も、「思うだけで何もかもが実現する」といった非現実的なことは言うつもりはない。しかし、「引き寄せの法則」として紹介されているエッセンスを活用することで、悪い出来事に引きずられず、良い出来事に近付くことはできると考えている。

何の効果もない偽薬なのに、効果があると信じて飲むと健康が改善する「プラシーボ効果」の対義語として、薬や担当医に不信感があると効果が出にくくなる「ノセボ効果」というモノがある。

これらは「思い込み」による影響が身体的な健康に現れているワケで、「引き寄せの法則」として語られるエッセンスも、そうした「気の持ちよう」によるネガティブな効果を避けて、できればポジティブな効果をもたらせたらラッキーだね、ぐらいに考えると良いだろう。

公正世界仮説・正常性バイアス

人は、強い信念や繰り返し考えたことに引き寄せられる・引きずられるモノだと思う。

「自分にはどうせできっこない」と最初から諦めている人は、成功してもマグレだと考え、失敗したら「やっぱり自分はダメなんだ」とさらに落ち込む。このようなネガティブ思考のループに囚われていると、常にストレスを感じながら生活することになり、将来への希望も見えず毎日が楽しくないだろう。

一方、「自分にはきっと乗り越えられる」と考える人は、多少失敗しても「また再挑戦してみよう」と考え、成功すればどんどん自信をつけていく。対外的に見てそれが本人の中での勘違いだったとしても、ストレスフリーなポジティブ思考でいられれば、精神的に健康で過ごせて良いことだろう。

コレはある種、「公正世界信念」あるいは「正常性バイアス」にも通じるモノだろう。「自分は運が悪い」と考えていると、それは「自分には運の悪い出来事が起こるはずだ」と念じている状態と同じになってしまう。そして、些細な出来事にも目を光らせ、「ほら自分が思っていたとおり、こんな酷い目に遭った!」と、自分で自分の運の悪さを証明しようとしてしまう。無意識かもしれないが、積極的に悪い方向に物事を捉えようとしてしまい、良い方向に考えたり、ちょっとしたラッキーな出来事には意識が及んでいなかったりする。

それではもったいない。「自分は運が良い」「大体どんなことでも上手くやっていけるはずだ」と意識的に考えて自分に刷り込んでやる方が、ネガティブ思考に囚われているよりはマシな精神状態だと思う。

アファメーション

軽い感覚で「ポジティブシンキング」だとか言われる中に、「アファメーション」という言葉もある。肯定的な自己暗示、とも訳され、「引き寄せの法則」とか「ザ・シークレット」なんて胡散臭い名前を付けなくとも、「アファメーション、肯定的な自己暗示の手法だ」と言ってしまえば良いだけである。

また、日本には「言霊」という考え方もある。コチラもスピリチュアルな概念だが、「言葉に発したことが現実に影響する」という考え方で、まさに「引き寄せの法則」のエッセンスと重なる。元々のそれ自体には科学的根拠や論理的な説明はない霊的な話ではあるが、欧米のキリスト教観だけでなく古来の日本でもこうしたことが言われてきたということは、何かしらそう言えるだけのことがあったのだろう。その辺をもう少し現代的に、胡散臭くならない程度に考えてみる。

思考は現実化する

ナポレオン・ヒルの「思考は現実化する」という書籍がある。この本も中で語られているエピソードは胡散臭いところも多いのだが、タイトルの「思考は現実化する」という一言は、そのとおりだと思う。悪いことを考えていると、それが実現してしまう。だから良いことをいっぱい考えてそれを引き寄せましょう、というのが「引き寄せの法則」の基本的な捉え方といえる。

ビデオの「ザ・シークレット」では次のような表現をしていたと記憶している。

これらはよくある自己啓発の手法にも通じており、常日頃から目標となるビジョンを意識していれば、自ずとそれに近いモノを取捨選択していくから、結果的に願いが叶う、ということなのだろう。

「〜になりたい」では叶わない・7つの習慣への応用

他にも、「『〜になりたい』と考えるのは逆効果」「『〜が叶った』と言ってみるのだ」という話もあった。

願いが叶った後の生活を想像するとか、目標を紙に書き出すとかいう行為は、自分が実現したい目標の詳細を具体化・言語化しているワケだ。ただ漠然と「お金持ちになりたい」と思い続けていても、具体的に何をしたらお金持ちになれるか想像していないからいつまでもお金持ちにはなれない。何度も繰り返し想像しているのは、「『お金持ちになりたいな〜』と思っている自分」の姿なので、コレでは効果が出ないというワケだ。

そうではなく、例えば「5年後に自分は年収1,000万円になっていて、都内のあのマンションに住み、こんな生活をしていることだろう」という風に細かく想像し、それを紙に書き出す。すると「5年以内に目標を実現するには何をすればいいか」という具体的な行動が逆算して導けるようになる。それを日々意識しながら暮らしていれば、そりゃあただ「お金持ちになりたいな〜」と思っているだけの人とは行動が変わることは想像がつくだろう。

このことは、「7つの習慣」における第2の習慣、「終わりを思い描くことから始める」にも通じる話だ。自分の葬式に誰が出席してくれて、どんなことを言ってほしいか想像する。そういう理想の「人生の終わり」を迎えるには、今何をすればいいのか、と逆算するワケだ。こう考えると、疑似科学な「引き寄せの法則」が、もう少しまともな自己啓発である「7つの習慣」の話題に繋がって、多少科学的・論理的に納得のいく考え方になるだろう。

以上

というワケで、スピリチュアルに傾倒すると大概おかしなことになるので、社会心理学や認知バイアスの要素を自己啓発・自己暗示に応用して、みすみす不幸な思考に陥らないようにする、ストレス対策の手法として利用する、ぐらいに捉えておくと良いかと思う。