凡庸なエンジニアの成功戦略

Neo's Guest Book にて、

「凡庸な」エンジニアの成功戦略ロードマップについて記事書いてもらえるとうれしいです!

というコメントをいただいたので、考えながら書いてみます。

目次

「凡庸なエンジニア」って何?

「凡庸なエンジニア」ねぇ~。そういう人が成功していくためには、ってことなのかな~。何だろうね~。

「凡庸な」エンジニアの成功戦略ロードマップ

ちょっとこの言葉を整理してみようと思います。

それぞれの単語を、自分はこういう風に受け止めて解釈しました。すなわち、

ってことを話せたらいいのかな?

もしこの解釈がズレてたら、以降の話はまるで無駄なので、その時はまたコメントで教えてください。w

正直なところ、「ロードマップ」なんて具体的なモノを示せはしないので、今回は考え方にフォーカスを当てて書いてみます。

自分は「凡庸なエンジニア」だったか?自分の経歴を振り返る

さて、わざわざこのサイトのゲストブックにこのようなコメントをいただいたということは、受け取り方は2パターン考えられる。

  1. 「Neo さんって凡庸なエンジニアに見えますよね。これといって目立ったモノがなさそうですけど、そんな調子でどうやって仕事続けてきたんですか?」的な意味
  2. 「Neo さんって非凡なエンジニアに見えます。でも私は凡人なんです、こんな私はどうやって仕事を続けていったらいいですか?」的な意味

僕は凡庸だと思われているのか?!それとも非凡だと思われているのか!?どっちなんだい!! (© なかやまきんに君)

まぁ他人からどっちだと思われててもいいんですが、自分自身、これまでのキャリアや経験はどれだけありふれていたのか、もしくは特殊なケースだったのか、よく分かっていないのです。元来他人への興味が希薄で、他の人を観察したり考えたりしてきたことがなかったので、自分以外のサンプル数が少なすぎてなんとも言えないのです。

ということで、ココからちょっと長くなってしまいますが、僕がどんなことをやってきたのかを改めて振り返りつつ、「コレってみんな大体そうだよね?」とか「コレってもしかしたら珍しいかも?」みたいなことを整理していこうと思います。

長文が面倒臭い人は、「自己評価:僕は『割と普通』」セクションあたりまで飛ばしちゃってください。

……えーと、こんな感じです。先月 (2026年1月) 35歳になりました。休職期間もありますが、とりあえず2013年の新卒入社時から2026年2月現在まで、13年ほどシステムエンジニアとして給料をもらって生きてきました。

コレから先の未来のことは置いといて、一旦ココまでで書いた過去の経歴を振り返って、僕は「凡庸なエンジニア」なのか「非凡なエンジニア」に入るのか、正確な立ち位置を見直してみます。

自分が特別ではないと思うところ

現在の年収は平均レンジの中の上くらい。低くはないですが、1,000万級プレイヤーみたいな成功はしていません。

インターネット上の人気・知名度もロクにありません。2026-02-01 の本サイトの PV 数は 326 でした。GitHub の総スター数を調べてみたら 255 でした。全リポジトリでコレだけです。OSS 活動みたいな貢献もしてないです。

前職でレガシーな環境をなんとか改善するまでには至らず転職して逃げ出したし、炎上プロジェクトもどうにも出来ないまま、休職で離脱した。私生活ではバツイチ。

こんな人に成功戦略を尋ねてみて、良い答えが得られる感じはしませんよね。w

自分が稀有だったと思うところ

「非凡 (一般の人より優れている)」という表現だとなんか合わないので、「多くの人と比べたら、ちょっと珍しいケースかもしれない」と思うことをまとめてみます。

これらは子供の頃に好きでやっていたことで、親に強制されたワケでもなく、将来の就職を見据えて計画的に学習したことでもありませんでした。たまたま、入社した業界で既存知識が活かせたというだけです。コレばかりは初期条件の違いでしかなく、もし羨ましがられてもどうしようもないというか…。w

続いて新卒入社してからのポイント。これももしかしたら珍しいケースかもしれませんが、狙ってそうなったワケではなく、受動的なことばかりです。

自己評価:僕は「割と普通」

そんなワケで、個人的な趣味が高じて仕事に活かせたこともあるし、最初の案件は「現場全体の動き」や「将来の変更」といったことまで意識する必要があり、早くから培われた視点もあったとは思います。

しかしこれらは意図して能動的に獲得したモノではないですし、結果・エンジニア歴13年目となった現在の自分を見ても、何か突出した専門家ではないと自覚しています。

割と普通で、まぁ凡庸なエンジニアとしてやってきたんじゃないでしょうか。

僕以外のエンジニアはどんな経験をしてきたのだろう?

元来他人に興味が薄いタイプでしたので、当時は何も考えていなかったのですが、身の回りにいた他のエンジニアがどんな人達だったか、振り返ってみようと思います。

コチラも少々長くなってしまいましたので、「色んな人がいました」というだけで良ければ、次のセクションまで飛ばしちゃってください。

この頃はまだ、1社目の1つ目の案件しか知らない状態で、「僕より10歳以上年上!さすがベテラン何でもできる!」か「未経験新卒なら僕と同じだね」の2パターンでしか判断できなかったので、僕の他人への評価は極めて粗かったと思います。

転職してからは、色んな案件を転々としたので、もっと様々な立場の人と出会ってきました。当時「スペシャリスト」の肩書きを持っていた先輩上司の方々だと、こんな感じ。

それぞれ、何らかの秀でた技能、少なくとも苦手ではない分野を活用して、生存していた感じですね。なお、こういう人と一緒に仕事をしたいと思うかどうかは別です

一方、自分が中途入社した後に関わった後輩・部下でいうと、よく見かけたのはこんなタイプでした。

それから、経歴のところでチラッと書いた「スクラム至上主義」みたいなタイプは1人や2人ではなくもう少しいて、

「自分だったら間違ってもそんな振る舞いは、最初から一度たりとてしないけどな…」と思うような判断ミスや非効率な手法を何度も繰り返し、一向に進歩しない人が多くいました。…もしかしたら、それはそれで、その人なりに何か生存戦略のつもりだったのかもしれませんが、真相は分かりません。

自分が自然と考えていたことの正体

こんな人もいたなー、という記憶を掘り起こしたところで、再び僕の話に戻ります。

能力的には「割と普通」な僕で、エンジニアに積極的になりたくてなったワケではない。仕事やお客様に対する責任感も別になければ、向上心も特にありませんでした。そんな中で、一貫して考えていたことは以下の2点です。

実際のところ、僕がいた現場では「設計書は細かく書け」「議事録はメールで送れ」と指示されていて、そういう仕事の仕方をしろと教育されていたワケですが、言われたからそうするようになったというよりは、僕が嫌なことを避けたいがために編み出された選択の結果が、うまく現場指示と合致していたワケです。

責任回避のための「逃げの姿勢」から取られた戦略ですが、結果的に

という風な評価に繋がり、「責任感が強い」ように思われることが多かったと思います。自分ではそんなつもりはないのにね。

上流から下流まで、開発工程と運用保守行程を同時並行的に、1年の間に一気に経験したことも作用して、「その場しのぎを避ける」「後々のことを考える」ことが自然と習慣化できたとは思いますが、それもまた自分自身のためでした。

「システムを良くしたい」という思いからそのように考えていたワケではありません。自分の仕事が増えず、残業せずに済むための、合理的で効率的な自己防衛の副次的な作用が、「システムちょっと良くなる」ことに繋がっただけです。

だから僕の中では、「頑張っている」とか「努力した」とか「志を高く持っている」とかいうつもりはなく、当たり前の損得勘定なんですね。苦労して工夫したワケではなく、むしろ怠惰だったからこそ目指すことにした合理性・効率・全体最適の手法でした。

コレは再現可能な戦略なのか

「何かを自分の責任として押し付けられたくない」と思った時に、「とにかく沈黙を貫いてやり過ごす」という手段も、もしかしたら存在するのかもしれません。しびれを切らした上司が「出来ないならもういい、仕事はこっちで巻き取るからお前は帰れ」と言ってくれて家に帰れる可能性もあります。

しかし、僕の中では、それは「より良い選択肢」ではありませんでした。家に早く帰るためには、目の前の問題を先延ばしにするよりも、解決してしまった方が早いし再発しないだろうと思ったのです。自分ではやりたくないから「誰かが言ってました」とかなんとか理由を付けて、遠回しに場をコントロールしようとしました。

コレは特別な才能がないとできないことだったのでしょうか?

幼少期にホームページを作った経験がない人には、到底できないことなのでしょうか?

他人には再現できない、非凡な行動だったのでしょうか?

「成功戦略」と呼べるようなモノはあるか

僕のような現状を「凡庸」なエンジニアと表現すると、「特に優れた点がない」→「ありふれている・どれも普通」という、ネガティブで行き詰まったような雰囲気が漂います。

そこで自分としてはこんな現状を、汎用性が高いエンジニアになった、と表現したいなと思います。すなわち、明らかに特出した肩書きは持っていないけど、弱点があるワケではないし、現場で積み重ねてきた経験は確実に有していることを表明したいのです。

僕はホームページを作ってきたのでフロントエンドは特に興味がありましたが、結局、フロントエンドなどの特定領域で専門性を極めることよりも、専門を一点に閉じないことを選びました。全体が分かっていた方が依然として自分の中では気持ちが良く、精神衛生上ストレスが少ないので、長くこの仕事を続けるためには避けられない選択だったと思います。

コレを良く言い換えれば「フロントエンドに軸を持ってはいるが、全体像を常に把握しており、横断的に設計ができる」エンジニアであるかのように振る舞えるワケです。未経験なこと・知りもしないことをウソをついてそのようにアピールしているワケではないので、堂々とそう言えます。配属させられた現場がたまたまそうだっただけですが、そんな現場の状況と、一応真剣に向き合ってきたとは思っています。

このような捉え直しは、立場や経験の異なる人にも出来ることだと思います。つまり、

なんて言ってしまうと、僕だってそうなのでとても凡庸に見えますが、

といったことは、それなりに経験年数を重ねていればきっと見つけられると思います。

自分の場合は、転職活動を決心した時に、職務経歴書を豪華に書く必要に迫られたことで、こういう捉え直しができたかもしれないです。「正直言うとマジ流されてやってきただけで何の思い入れもないんすけど~」と Doda の転職エージェントに相談して、これまでの案件の内容を淡々と書き起こしてみたところ、「好きではなくても Java は出来る、ASP.NET の実務経験が (1週間だけ) あるっていうのもウソじゃないですよね、もう経験言語複数あるじゃないですか!w」「学ぶことが嫌ではない、っていうの、それ十分強みですよ!」とか言われて、へぇーそうなんだ~、全然自分では実感ないけど~、みたいな、そんな感じでした。


僕が出会ってきたエンジニアの大多数は、「一見して明らかな得意領域が見える」ような人材ではなく、「凡庸で、ありふれた」ように見える人達の方が多かったです。好きなモノ、得意なことが明確で、その領域を得意としているスペシャリストも一部いましたが、基本的には会社は「多くの凡庸なエンジニア」によって構成されていました。それはつまり、凡庸であることはエンジニアの弱点ではなく、多くの人にとっての現実解なのだと思います。スペシャリストだけがエンジニアのなるべき姿ではないと思いますし、そうなれなかったら失敗、というワケではないでしょう。

日々のことだけでいっぱいいっぱいで、技術に興味もないし、成長とかする気ない、SNS でなんか語ってるプロがいるけど全然響かん、でもなんか置いてかれてるような気はする、このままで良いんだろうか、漠然と不安だ、でも何をしたらいいかもよく分からない。

…僕だってそうです。凡庸な我々は大体こんな感じなんじゃないでしょうか。

そんな時って、物事が「点」でしか捉えられなくなっていると思います。まぁそれもしゃーないですよね。知らない会社に出向して、別に好きでもなんでもない業務のシステム開発を任されて、「とりあえず言われたとおりに作って」「炎上してる?人海戦術だ!」「リリースできたなら解散!」というように、意味も文脈も分からないまま、終わらせることだけを求められる仕事が、よくある SIer の仕事の現場だったりしますから、意味なんか分かりっこありません。

でも、毎日に流されながらもちょっとずつ時間を見つけて、自分がやらされきた無意味な」に見えていた情報をイイカンジに繋ぎ合わせて、「文脈」と「意味」を見出してみるとどうでしょう

こんなところを考えて、そのプロダクトの文脈を捉え直せたら、自分がやらされている作業の「意味」も自ずと見えてきます。あなた自身は何も考えてこなかったのかもしれませんが、きっと上層部や会社間ではもっとカッコイイ目標や事業計画をデッチ上げていて、それが現場に下りてきているでしょうから、そういうビジネス的な視点を盛り込んであげると、自分が何をやってきたかという文脈や意味を、それらしく説明できるようになると思います。

「Wiki にそう書いてあった」「どこぞのコンサルがそう言ってた」それでいいです。その言葉を持ってきて、自分が口に出して説明しやすい表現・言い回しに噛み砕いて置いておけばいいのです。歯が浮くような企業理念みたいな言葉を心から信じ込む必要などありません。内心は「早く帰れればそれでいい」のままでいいのです。それでも、意味が欠如したまま、ただただ何かをやらされているという虚無感に苛まれるよりは、「コレが私の携わったリフト・アンド・シフト案件でお客様に提供した価値です」とか言える方が、だいぶ印象違いませんか?

これから先のことは分からないけど

僕は昨年2025年から休職していて、会社の規定的には今年2026年の終盤までで休職期間が終わってしまいます。なので今年の年末には「復職」or「無職」or「転職」のいずれかの進路に進んでいることになります。コレまでのキャリアプラン面接で、一度たりとも「3年後・5年後の働く自分像」なんて思いつかなかった人間ですから、約10ヶ月後に自分がどうなっているかすら何の想像も付きません。

当然のように、コレをご覧いただいている他の皆さんの未来も分かりません。

例によって、昨年2025年からの AI の進歩は目覚ましく、何かが物凄いスピードで出来るようになっています。「速く作れる」ことだけが強みだった人、「尖った言語や技術を書けること」だけが強みだった人は、その強みを代替する装置が出てきてしまった可能性は否めません。実際にタイプしてコーディングをするという工程は、もうちょっとしたら「コーディングするのに手使って打つの?赤ん坊のおもちゃみたい (元ネタ:Back To The Future 2 の未来パートより)」なんて言われる時代がすぐ来るかもしれません。

これまで自分がやってきたことと「AI」を単に点で結びつけてしまうと、どうしても「AI が完全上位互換みたいですね」となりそうですが、僕には僕の文脈がありますので、そこに対していかように「先進技術が持つ文脈」「未来に繋がる意味」を組み込んでいくかで、凡庸なエンジニアである僕が、凡庸なりに生きる道が見えてくるのではないかと思っています。