映画「素晴らしき哉、人生!」と「素晴らしきかな、人生」のまとめ

1946年の「It's A Wonderful Life 素晴らしき哉、人生!」と、2016年の「Collateral Beauty 素晴らしきかな、人生」のレビュー。両方とも何度か見ているのに、2016年の方はほとんどレビューしてなかった。

今回は、改めて2作まとめてレビューする。

It's A Wonderful Life 素晴らしき哉、人生! (1946年)

フランク・キャプラ監督。白黒映画。

あらすじ

1945年のクリスマスイブ。ジェームズ・ステュアート演じる「ジョージ」は、人生に絶望して、今まさに投身自殺しようとしているところだった。

一方の天国。ヘンリー・トラヴァース演じる「ニ級天使」は大天使に呼び出され、ジョージという男を救う使命を与えられた。大天使は、ジョージの生涯を二級天使に見せていった…。

ジョージは幼少期から、周りの人々を救うために自分を犠牲にしてきた。

そして、自分が自殺すれば、保険金で借金を補填できると考え、ジョージは桟橋から身を乗り出しているところだった。

そこに「ニ級天使」が現れ、自分はジョージの守護天使だと自己紹介した。半信半疑のジョージに対し、二級天使は「ジョージがいなかったらどうなっていたか」という世界線を見せる。

ジョージの行いが多くの人に影響を与えていたことが分かり、ジョージは自分の人生が素晴らしいものであることを再確認する。ジョージは元の世界に戻ると、急いで家に帰り妻子を抱きしめる。

街の人々は、ポッターからの借金を紛失した件を聞きつけて、借金の8,000ドル分を皆で工面してくれた。みんなジョージへの恩を忘れずにいたのだ。

ニ級天使の姿はいつの間にかなくなっていたが、「トム・ソーヤーの冒険」の本が置かれており、そこには「友はかけがいのないものだ」とメッセージが添えられていた。

感想

市民の生涯を天界のプロジェクターで見ているシーンとか、今見ても斬新な設定のコメディ。

主人公ジョージのツイていない境遇が重なって、なかなかフラストレーションが溜まるが、最後にはそれらも含めて素晴らしい人生であることが分かる、という心地よいカタルシスのある映画。

何度か見ているが、いつも温かい気持ちになれる。

Collateral Beauty 素晴らしきかな、人生 (2016年)

ウィル・スミス主演。原題を見ると、別にリメイク作品じゃなかったのかしら、と思って見返してみたら、色々気になる点がある映画だった。

あらすじ

主人公のウィル・スミスは会社の社長だが、最愛の人を失ったために仕事が手に付かず、なぜか巨大なドミノ倒しを作りまくっていた。

同僚のエドワード・ノートン、マイケル・ペーニャ、ケイト・ウィンスレットの3人は、ウィルの様子を心配すると同時に、ウィルが業務指示を出さないために危機的状況に陥っている、会社自体の存続も危惧し始める。

対策を相談した3人は、苦渋の決断で、ウィルを「統合失調症により経営能力がないもの」として社長から降ろすことにした。ケイト・ウィンスレットはただウィルを退任させるのではなく、ウィルの回復に繋がってほしいという思いから、街の劇団員に協力を依頼する。それは、ウィルが会社の運営でも大事にしてきた「愛」「時間」「死」を具現化し、ウィルと対話させるというものだった。

劇団員のキーラ・ナイトレイは「愛」、ジェイコブ・ラティモアは「時間」、ヘレン・ミレンは「死」を、それぞれ演じて、ウィルの前に現れる。ウィルはついに幻覚が見えるようになったと半信半疑だが、それぞれの概念に対して怒りや悲しみを吐露し始める。また、ウィルはグループセラピーを開くナオミ・ハリスと出会い、彼女がオリビアという娘を病気で亡くしたことを聞くが、ウィルは自分のことを話さない。

ウィルを「統合失調症」に仕立て上げようとしていた同僚たちも、実はそれぞれで悩みを抱えていた。エドワード・ノートンは妻と離婚しており、娘との関係が悪い。マイケル・ペーニャは骨髄腫の末期であることを家族に隠していた。ケイト・ウィンスレットは長年子供が欲しかったが、会社に尽くすあまり子供を生むのが困難な年齢に差し掛かっていた。

それぞれの思惑も交錯する中、ウィルは審議会に呼び出される。ウィルと劇団員との会話の様子はビデオで盗撮されており、さらに劇団員を CG 処理で削除してあったために、あたかもウィルが独り言を喚いているようなビデオになっていた。この「物的証拠」をもって、ウィルは社長を退任すべきだとした。

一時はたじろぐウィルだったが、同僚3人の様子を見てそれが仕組まれたものであると見抜き、そのうえで社長退任に同意した。ウィルはマイケル・ペーニャに対し、「君の病状には気付いていた、家族の面倒は見る」と約束する。エドワード・ノートンには「父親らしいことを娘にしてやれ」と背中を押す。そして、会社を手放す資料とともに、ウィルの娘の死亡証明書にもサインし、信託財産の処理に同意したのだった。

ケイト・ウィンスレットは、劇団員に協力してもらった報酬を渡しに行く。その際ヘレン・ミレンから「あなたは良い母親になれる、自分が子供を生む以外の道もある」と声をかけられる。エドワード・ノートンは嫌がる娘の元に行き、「愛している」と全力で伝え、娘との面会を取り付けた。マイケル・ペーニャは家族に病状を告白し、家族との絆を深めた。

ウィルはフラフラと歩き、グループセラピーを開いていたナオミ・ハリスの家を訪ねた。ウィルはナオミ・ハリスに対し、「僕らの娘、オリビアは6歳だったのに亡くなってしまった」と、ようやく自分の悲しみを告白した。そう、ウィルとナオミ・ハリスは夫婦だったのだ。ウィルは娘の死を受け入れられず、妻と別れていたのだった。

ようやく現実を受け入れ、歩き出した二人。そんな二人の様子を、「愛」「時間」「死」の3人が見ているような気がするのだった。

感想

…こうしてみると全然違う映画やね。w

ウィルは妻をも忘れるほどのショックを受けているが、繊細なドミノ倒しを連日作り続けている。同僚が仕組んだ策略にもすぐ気が付き、なんなら同僚らの秘密にも逆に気付いていた。この様子を見るに、ウィルは実はけっこうまともで、同僚らにわざと自分を降ろすように仕組ませたのでは?と思ってしまう。

同僚たちも、仕方ない流れとはいえ、長年の友人でもあるウィルを退任させようとするあたり、ちょっとおっかない。彼のためだと言いながら、随分残酷なことをするものだ。

そしてラストも、3人の劇団員がウィルを見ている、かと思いきや一瞬で姿を消す、という描写になっていて、初見ではウィルの心象風景なのかな?と解釈していたが、ふとあれって劇団員じゃなくて本当に「愛」「時間」「死」だったのでは、と思うと、途端にメッチャ怖くなってくる。同僚たちが見てたのは何だったの…!?と。w

ナオミ・ハリスが奥さんだった、っていうのが初見での最大の驚きポイントだと思うが、なんやこの映画、ほっこりして見てええんか…?ってなる、ちょっと残酷な現実も、ホラーっぽい要素も垣間見える作品だと思った。