趣味の活動と個人の感情

ウチの弟は、会社員になった後も趣味で音楽を続けている。社会人が集まる吹奏楽団というヤツで、熱心に活動していてレベルの高い演奏をしている。

そんな弟だが、最近「一緒に演奏する人達についてどう思っているか」を何気なく聞いてみた。

「仲の良い人達も多いし、よく飲みに行ったりもする、良い人達ばかりだよ」という前置きをしたうえで、「ただ、もうちょっと練習してきてほしい時もあるかな…。仲が良い趣味仲間なだけに、指摘や注意がしづらいんだよね」と言っていた。相手のミスや練習不足に対してのフォローが難しいとのこと。

仕事であれば、「金銭的損害にも関わるし、お客様に迷惑をかけるわけにもいかないから」と、身内で手厳しい指摘をし合うこともある程度は仕方ないと思える。しかし、「皆で仲良く楽しくやろうね」という趣味の場において、容赦ないダメ出しはしづらいものだろう。

とはいえ、弟自身としても、やるからにはベストを尽くしたいという思いもある。ナァナァな音楽をやりたいワケではなく、自分が納得行く完成度の高い演奏を目指したいだろう。吹奏楽なので一人だけ準備が万全でも、良い音楽にはならない。スポーツで例えるなら、趣味の草野球でも勝ちを目指したい、そのためには仲間にもそれ相当のレベルを要求したくなる、というワケだ。

俺はコレだけ練習してきた、出来る限りのフォローもしてきた、周りが付いてきてくれれば良いモノになる、なのに…!という歯がゆさを感じているらしく、楽しくやっているのかと思ったら意外とストレスやプレッシャーを感じながら取り組んでいるようだった。それも含めて楽しめているのかもしれないが、「寝ていると歯ぎしりが酷い」とも言っていたので、下手をすると楽しめなくなってしまう恐れもあり得る問題であろう。


コレまで僕は、「仕事なんだから」という建前のもと、正論を振りかざし、各々の気分や感情なんてお構いなし、さっさと仕事を終えろ、他人に迷惑をかけるな、というやり方を周りに強いてきた。それでもうまくいかないので、ココ数年「話の通じない、できない奴は無視・放置する」というスタンスになりつつあった。

仕事で「仲良く楽しくやろう」なんて馬鹿げている、そうじゃなくてやるべきことをしっかりやれ、というのが僕の基本的なスタンスだった。だが、趣味の活動は、何かコンテストで優勝する、といった明確な目標でもない限り、「仲良く楽しくやろう」が大前提になる。

そうすると、僕の今までの「仕事におけるスタンス」は全く役に立たなくなった。引っ込み思案な性格の人に「てめぇの感情はいいからモゴモゴしてないでハッキリ言えよ」とは言いづらいし、仕事じゃないので「もっと優先度上げて、早く返信してくれ」とも言えない。誰かと何かを楽しくやるって、物凄く大変で難しいことなんだ、と思うようになった。


正しいことを言えば他人が変わるワケじゃない、と気付いてからは、仕事でもわざわざ波風を立てないようになった。事前にネゴったり根回ししたり、といったコソコソした会話をしないと落ち着かない人達がいるなら、それに付き合ってやろうと思うようになった。いくら言ってもドキュメントを書かない奴がいるなら、そいつの教育は諦めて自分だけはドキュメントを書いてあとは静かにしていよう、と思うようになった。

そうすると、自分が思い描いていたスピード感では仕事が回せなくなる。他人のトロい動きを待ち、イライラを隠しながら「あの作業、どうなってます〜?」なんて優しく聞いてみたりする。「全員最低限俺くらいには出来ろ」と思ってブン回していた時よりだいぶ仕事のスピードは落ちていると思う。だがその代わり、「最近丸くなったね」「人当たりが良くなってきたね」なんて言われる。

あぁ、仕事でもコレで良いんだ、と思った。大事なのは仕事の成果や遅延しないことじゃなかった。とにかく優しくて、波風を立てない人が喜ばれるんだ。個々人の感情の方が大事らしい。ちっとも腑に落ちてはいないし、個人的には「仕事はそうじゃねえだろバカどもが」という思いが拭えないが、コレが喜ばれるんだったらコレを続けようではないか。


さて、趣味ではどうしようか。「みんなもうちょっと頑張ってくれ」と言いたい、でもそれを直接言ったら角が立つ。それに、「頑張れ」なんて言っても望む結果は出てこないだろう。人はそんな外的要因じゃ変わりやしない。

人を動かすには内発的な動機を持ってもらう必要がある。外部から出来るのは、そうした内発的な動機を持ってもらえるように「仕向けて祈る」ことまでだ。仕向けても乗ってこない人も当然いる。草野球で草むしりだけ熱心にやるような、何しに来てんだか分かんないようなヤツもたまにはいる。それはそれで仕方ないのだ。

僕みたいな性格の人間は、周りの人間の感情を大切にしようと思うと、自分の感情が疲弊しがちだ。どこでその折り合いをつけようか、すごく難しい。だが、コレはコレで悪くない疲労感だ。悩み甲斐があると思うし、この世渡り術を会得したらきっと役に立つんだろうと思っている。